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愚か者よ、自分を自分で担いで歩こうというのか。乞食よ、自分のうちの門口に立って物乞いをするのか。
タゴール (タゴール詩集 岩波書店) 金銭を追う人、好きな仕事に熱中する人など、人間はいろいろだ。でも、みんな自分というもの無しには何事もできない。タゴールはつづける。「自分の荷物をみな、あの方の手に、委ねるがよい」。「わが神よ、あなたは大空だ。・・・・さまざまな色と歌と香りによって魂を包んでくれるのは、あなたの愛だ」。彼は、私心を取り去って愛を与える神を信じる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-25 07:20
もし事物の現象形態と本質とが直接に一致するならば、一切の科学は不要であろう。
マルクス (資本論 岩波書店) 今日かくも科学が発達したのは、現象の根源に本質があるとして、多様な現象の解明に挑んだからだ。社会についても、その本質を考える思想家は絶えない。マルクスは、「あらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」と言い、階級闘争を歴史の本質とした。だがこれを否定する人も多い。つねに変容する社会についての本質論はさまざまだ。 # by obi_keinosuke | 2008-07-24 07:34
発し難くして忘れやすきはこれ善心なり。
最澄 (日本の名著・3 願文 中央公論新社) 欲のない人間はいないとしても、互いに欲を張り合えば世の中が住みにくくなる。西鶴は、「人間は欲に手足の付いたる物ぞかし」と言った。ここには、人の欲深さへの嘆きがある。欲を抑えるために、昔から多くの教訓がある。その一つは、「善」を説くことだ。最澄はこうまで言った。「生ける時善をなさずんば、死する日獄の薪と成らん」。 # by obi_keinosuke | 2008-07-23 07:41
修練こそ、わたしにえもいわれぬ神聖な心の平和をもたらしてくれた。
ガンジー (ガンジー自伝 中央公論新社) 人間は神を信じることができる。ガンジーは「経験が、真実以外に神はないことをわたしに信じさせた」と言い、真実の把握は、非殺生の完全な実現によってだとした。これは、生命を持つあらゆるものを同一視することで、それには自己浄化が要ると彼は言う。自己浄化とは、自分を無にすることであり、この理想に向かう修練から神が現れる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-22 07:10
たはやすきものは人の世にして、あなどるまじきも此(この)人の世なり。
樋口一葉 (全集・水のうへ 筑摩書房) 社会の人々は平穏な生活や他人と仲のよいことを望んでいる。自分もその中に静かに混じっていれば、生きてゆくのはそれほど難しいことではない。一方、人間はみな、現状をさらによいものにしたいとの願いも強く、様々に新しい活動を行っていく。そこから、人とのぶつかり合いなど嫌な事が起こってきて、人の世は安心できないものとなる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-21 06:04
現在の甘露は未来の鉄丸なり。
景戒 (日本霊異記 平凡社) 昨日があったから今日がある。分かりきっていることなので、私たちはこれを忘れがちだ。そしてまた、今日という日を受け継いで明日があるのに、明日のことはあまり真剣には考えない。現在のこの時は確かに大切であっても、自分は連続していてこそ自分である。現在だけに甘んじていれば、未来には鉄の玉を飲まされる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-20 07:00
世に久しくあらば、罪業を造りて生死(しょうじ)に輪廻(りんえ)せんこと疑ひ有らじ。
今昔物語集 (今昔物語集 岩波書店) 不安、心配もなく誰もが毎日を楽しく暮らしたいと願っても、人の心を傷つけたり、自分もまたそうされたりする。それは仕方がないと思いつつも、今までのことを厳しく振り返ると、自分の罪深さだけが浮かび上がってくる。いたたまれなくなって、永く生きるということは絶えず生と死の間を流転するに過ぎないだけだ、との思いにとらわれる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-19 08:45
人並みとは悪しき事なり。
森鴎外 (智慧袋 講談社) 人並みであれば気苦労があまりない。ところが人並みというものは、人々が持っている低俗なものに傾きやすい。たとえば、他人をうらやんだり、悪口を言ったり、家族の自慢をしたり、お金にうるさかったりなどだ。これにただ同調していたのでは、自分自身の考えが持てなくなる。「人並みで良いものは礼儀ぐらいのものだ」とも鴎外は言っている。 # by obi_keinosuke | 2008-07-18 07:23
人間死ぬまでは、幸運な人とは呼んでも幸福な人と申すのは控えねばなりません。
ヘロドトス (歴史 岩波書店) 男か女か、どんな身体か、どんな家族かなど、人は何も知らず偶然に生まれてくる。しかし世に出れば、自分の意志で自分を創ったかのようにして生きる。「個人の責任」としなければ、社会は維持できず、また個人の権利もない。人間と社会に横たわる偶然を隅に追いやらなければ、偶然を抱えている「責任」と「権利」の足場は弱くなる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-17 06:30
投機的な商人は、正規の、基礎の確立した世間周知の事業部門では、仕事をしない。
アダム・スミス (国富論 岩波書店) アダム・スミスの経済学には、人間の冷徹な心と、温かい手があった。二百年以上を経て、「温かい手」は忘れられ、貨幣はコンピュータと結びついて冷たい金融工学の対象となった。そして、持ち主の顔のない証券(貨幣)が、世界中にばらまかれた。こうして実体経済を離れたのでは、もはや資本主義経済ではなく、ただの賭けかマジックに過ぎなぃ。 # by obi_keinosuke | 2008-07-16 05:57
どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか。
ガリレオ (天文対話 岩波書店) 人間はあらゆるものを言葉で言い表わし、しかもどこにでも伝えられる。こうして言葉は、社会に飛び交い、ほとんどのことを言葉のやり取りで済ませ、身体を動かす面倒を省くことに私たちは慣れてしまった。しかし言葉は、何とでも言えるあいまいなものだ。事実の本質は、言葉ではなく身体を使ってでなければ、確実にはつかめない。 # by obi_keinosuke | 2008-07-15 07:33
望みをもちましょう。でも望みは多すぎてはいけません。
モーツァアルト (モーツァアルトの手紙 岩波書店) 毎日、面白いものや楽しいものに囲まれ、それに便利な機器などを持っていても、心が空ろでは気力が湧いてこない。心を満たすものは、現在よりはむしろ目には見えない未来にある。人間の生命力は、動物とちがって自分の望む未来の姿を描くこと、すなわち希望によって充実する。それも、少ないほどその実現への熱意が高まる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-14 07:28
自負、嫉妬、貪欲は人の心に火を放てる三つの火花なり。
ダンテ (神曲 集英社) 一人で生きていれば気苦労はないが、その孤独に耐えられる人は少ない。人々の中で生きていれば、自己を燃え立たせるものが出てくる。人に押し退けられないための自負。人を見て自分を奮い立たせるための嫉妬。人よりもたくさんのものを所有するための貪欲。しかし、この三つの火花で逆に、自分自身を焼いてしまうこともある。 # by obi_keinosuke | 2008-07-13 07:17
水 至清なれば則(すなわ)ち魚無く、人 至察なれば則ち徒(ともがら)無し。
漢書 (漢書 岩波書店) 少しは悪い事を人間はするし、人に迷惑もかける。あまりにも清廉で自分にも他人にも厳しい者のところに人は集まってこない。、高潔な人だった中国の屈原は、世の中の汚濁にとても我慢できなかった。ついに、こんなところに居るよりは魚に食われたほうがましだと言って、河に身を投げた。二千三百年経った今も彼には人気がある。 # by obi_keinosuke | 2008-07-12 06:46
松島は笑ふが如く、象潟(きさがた)はうらむがごとし。寂しさに悲しさをくはえて、地勢魂をなやますに似たり。
松尾芭蕉 (おくのほそ道 岩波書店) 事あるごとに人の気持ちはざわめく。それを、嬉しい、寂しい、悲しいなどの言葉で言い表す。でも、気持ちそのままの言葉では、思いを、気のすむようには言い表せない。自然に託した言葉をつかえば、たとえば、「花のように美しい」とかの表現ができる。私たちは、自然の中にたくさんの言葉をもっている。自然と一体になった言葉から心が現れ出る。 # by obi_keinosuke | 2008-07-11 07:31
人は好き嫌いで働らくものだ。論法で働らくものじゃない。
夏目漱石 (坊ちゃん 岩波書店) 誰にでも似かよった感情がある。そして理性もある。感情と理性は入り混じっていて、このバランスをとりながら人は生きている。これがうまくとれれば、家庭や社会で穏やかでいられる。でも、好き嫌い、面白いつまらないなどの感情に動かされることが多い。理性より感情に傾くことで、生きる意欲が出るとしても、苦しみもそこから起こる。 # by obi_keinosuke | 2008-07-10 07:38
うれしいにつけ悲しいにつけ、花はわれわれの不断の友である。
岡倉天心 (茶の本 岩波書店) 地下から鉱物や石油などを掘り出したり、樹林を切ったりして造った環境の中で人は生活をしている。そのすべてに命はない。生命のある私たちには、やはり命のあるものが欠かせない。生花がある。部屋に置くのみか、祝い事,忌み事、お見舞い、別れの時など、人生のあらゆる場面に生花があるのは、見た目の美よりは、命の美があるからだ。 # by obi_keinosuke | 2008-07-09 06:08
今ハ器量アル人ノナキコト、コレ上ノ人ノ使ヒ様(ざま)悪(あし)キ故ト知ルベシ。
荻生徂徠 (政談 岩波書店) 生まれついての性格を変えるのは難しくても、能力は変えられる。人に備わっているその柔軟性は、常に期待されてきたが、その方法については諸説紛々だ。それでも、人と人との強い交わりの中に、その答えがあることは間違いない。その礎として、導く人は愛を、導かれる人は尊敬を持つならば、学ぶ者の才能(器量)はきっと開花する。 # by obi_keinosuke | 2008-07-08 07:36
わたしは千年も経った齢(よわい)よりも多くの追憶を持っている。
ボードレール (悪の華 新潮社) 人にはいつも現在というものがあって、そこを十分に生きたいと願う。また現在は、未来の基にもなるので、大切にせずにはいられない。そうであっても、現在はたちまち流れ去って、歳月だけが身体に刻まれる。だが心には、過ぎた「現在」がそのまま積み重ねられていて、時として、目の前の現在に取って代わる。そこには甘にがい悲喜が乱れ咲く。 # by obi_keinosuke | 2008-07-07 07:16
富者はその財をもって公(おおやけ)に奉ずるの覚悟がなくてはならぬ。
河上肇 (貧乏物語 岩波書店) それぞれの人は、法を守ればどんな経済活動を行っても自由だが、運や能力などで、自ずから貧富の差が生じてくる。一方、生物としての人間は個々に存在しているが、互いにつながらなければ生きてはいけない。富者と貧者の格差が大きくなって、そこに断絶が起これば、この社会は混乱し、やがては崩壊に向かいかねない。 # by obi_keinosuke | 2008-07-06 06:46
そもそも学問は、心の汚れを清め身の行いを善くすることを本来の実体とする。
中江藤樹 (翁問答 岩波書店) 物心がつく頃から人は何でも知りたがるので、知識や体験が知らない間に身心に蓄積される。それが、ものの考え方や生き方を決める基となる。しかし、その基が間違ったものだとすれば、汚れに過ぎない。これを点検したいという意思を持たせるものが学問だ。さらに、汚れがあれば洗い落として、新たなものにするのも学問である。 # by obi_keinosuke | 2008-07-05 06:02
憎悪や軽蔑の表われは、すべて闘争を挑発する。
ホッブズ (リヴァイアサン 岩波書店) それぞれ性格は違うにしても、人は誰も自由に自己の意思を通したい。これが行き過ぎると自己中心になって、わけもなく他人を見下したり、憎んだりすることがある。そうされた人は、対等な人間としてこれを無視できない。そしてホッブズは言う。「多くの人は、復讐しないでいるよりはむしろ生命を賭すことを選ぶほどになる」。 # by obi_keinosuke | 2008-07-04 06:51
貧賤憂戚(ひんせんゆうせき)は、庸(もっ)て女(なんじ)を成(せい)に玉(たま)す。
近思録 (近思録 明治書院) ひどく貧しかったり、人に賎(いや)しめられたりすると我慢できなくて、自分や社会を怨みたくなる。怨めば少しは気がまぎれる。でもそれでは、堂々めぐりをするだけで、状態は何も変わらない。苦境、苦悩とは嫌悪するものではなく、逆に、自分を鍛えて優れた人間にするためものだ。このように気持ちを転換すれば、闇に光が燈(とも)る。 # by obi_keinosuke | 2008-07-03 07:11
自由と我儘(わがまま)との堺は、他人の妨げを為(な)すと為さざるとの間にあり。
福沢諭吉 (学問のすすめ 講談社) 思ったことが言いたいのに言えない。何かをやろうとしても出来ない。それは、自分の外の力が働くか、あるいは、何かに捉われて自分で自分を縛っているためだ。こうした束縛が多かれ少なかれ人にはある。でも、自由なしには生きられない。束縛を気にせずに自由を得るには、他人を束縛しない。そして、他人からの束縛を許すしかない。 # by obi_keinosuke | 2008-07-02 07:26
他人のために生きる人のみが、生きるだけの価値があるのだ。
アインシュタイン (神を語る 工作舎) 一人で気ままに生活するのは楽しい。でも、いつまでもそのままで過ごせる人は少ないだろう。家族や友人、また多くの人たちが、互いに何かと気遣い合うところに人間の喜びがある。そもそも「人と共に居る」のが人間存在の根源である。トルストイも言う。「この人生での疑う余地のないただひとつの幸福は、他人のために生きることである」。 # by obi_keinosuke | 2008-06-30 07:35
わが身のあしき事をしらせ、あやまちをいさむる人は、たうとみ、したしむべし。
貝原益軒 (和俗童子訓 中央公論社) 自分のやった事は正しいと思っても、他人にとってはそうではないかも知れない。それに気付かず、いや気付いたとしても、なかなか自分を直せない。他人からの注意や、批判があればなおさらで、逆らったりもする。自分自身を抑えて、他人に耳を傾ければ、柔軟にものを考えることができ、また他人を尊ぶ心を持てるようになる。 # by obi_keinosuke | 2008-06-29 06:23
ひとよ いろいろなものがやさしく見ているので 唇を噛んで 私は憤ることが出来ないやうだ
立原道造 (日本の詩歌・24 中央公論新社) 家の中にも外にもたくさんの物があるが、私たちはそれを使うための物として見たり、さらには所有したいとも思う。そうではなく、これを自分たちと同じ仲間として見れば、諸物は穏やかに私たちを包み込む。こうして、ものの見る目を自在に変えれば、すべての物にある「やさしさ」を感じとることができて、和やかな気持ちになる。 # by obi_keinosuke | 2008-06-28 07:43
死は人生のできごとではない。ひとは死を体験しない。
ウィトゲンシュタイン (論理哲学論考 岩波書店) テレビの旅行番組を見て行った気になる。パソコンのゲームでも本物の気になる。これはみなバーチャル リアリチィー(擬似的体験)で、死についても、他人の死を疑似体験しているにすぎない。それなのに自分の死を恐れるのは、死というものを知った後にも人生の「時間」がつづいているからだ。死後には時間がない。だから自分にとっての死はない。 # by obi_keinosuke | 2008-06-27 07:11
施しごとをあからさまに行うのはよいことだ。しかし、こっそり貧者に与えるならいっそうよい。
コーラン (コーラン 中央公論新社) 誰でも生まれたときには何も持っていない。この究極の平等が「天然自然」というものだ。生きることの中で、人々の平等は崩れてしまう。そして、怨み、やっかみ、悲しみ、諦めなどが人々を覆う。平等という「自然」を無視したためだ。持てる者が、当たりまえのこととして持たざる者に与えれば、「自然」は回復されて、人々の争いや悲惨はなくなる。 # by obi_keinosuke | 2008-06-26 06:38
かばかりに濁(にご)りふかき世の人は、なをつらき人はつらかりぬべし。
紫式部 (紫式部日記 角川書店) 穏やかな暮らしを望んでも、いつも揺れる心を人は持つていて、思いどおりにならないとすぐ悲しんだり、人と思わぬ摩擦を起こして苦しんだりする。落ちついた気持ちを持たないと、世間の波風に流されやすくなる。まして濁った世の中に居れば、自分の心もささくれ立って、つらく当たってくる人には、ついこちらもつらく当たってしまう。 # by obi_keinosuke | 2008-06-25 07:25
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